無神論者
 

 
  ―神とは―

「神とは己、他者ではなく」

 昼食をつつきながら、にべもなく言い放つ。

 向かい合う宗教家に対して、配慮なんてものは持ち合わせていない。

「アナタが何を信じようが勝手。それを否定しようとは思わない」

「だったら、是非一度お茶会だけでも」


 言葉を遮り、必死で誘う様は面白いのだが。

「最後まで聞け」

 無作法だとは思ったけれど、手にしていたフォークを突き付けた。

「テメェがカミサマ信じようが縋ろうが勝手だ。が、オレを巻き込むな」

 軽く睨みつけて、食事に戻る。

「ま、巻き込むなんて人聞きの悪い」

 そいつはいかにも人の良さそうな笑顔で。

「ただ信じる事がどれ程すばらしいか、君に知ってほしいだけだよ」

 今迄何度も言ったであろう台詞を、淀みなく吐き出すその口。

 でも気付いてるか?

「ソレを巻き込むと言わず、何と言えと?」

 興味の無い奴から見れば、その綺麗な笑顔も台詞も。

「胡散臭いな」

 嗚呼、面倒だ…

 唐揚げを摘み、ポカンとした口に突っ込んでやる。

「ダチだからな、聞くだけは聞いてやる。でも信じなきゃならんのは好きじゃない」

 サラダを胃の中に収めながら、笑って。

「信じるものが、ひとつくらい在っても良いと、僕は思う」

「うん、だからアンタのその考えは否定しない」


 誰かの考えや信念を、そう簡単に否定するべきではない。

 わかってる。

「唐揚げ、あとはやるよ。好きだろ?」

「ありがとう。でも話をそらさないでくれないか」


 差し出した皿を素直に受け取って、でも少し不機嫌な顔になって。

 だから、でもないけどそしらぬ顔で言ってみた。

「そらしてない。食べきれないけど、残すのはオレの信念が邪魔をする」

「まぁ…わかるけど」

「オレはさ、ダチでもアンタを全部知ってるわけじゃない」


 多分笑ってる…気がする。

 正面に見える表情が、不思議なモノを見たようになっているから、多分笑ってる。

「信じる。その言葉は、相手の知らない部分に対しては使う」

 渡した唐揚げを摘んで口に運びながら、さっきと違いおとなしく聞いてくれた。

 口を挟みたいのを、唐揚げで塞いでいるのだろう。

「知ってる部分は、信じるまでもない」

 例えばアンタが男である事、ダチである事、幼馴染である事。

 あげれば切りなど無いけれど。

「オレには信じるってのは、不安要素でしかない…」

 疑う事が、信じる事。

「だからカミサマなんてオレには不要」

 と言うか、知っている。

「カミサマは何もしない、居たとしても見てるだけ」

 ファンタジー漫画じゃあるまいし。

「アンタがカミサマに祈って、楽になると思っているかは分からない。でもな」

 その祈りを必要としない奴を、巻き込むのは止めろ。

「納得出来ないって、ツラだな」

「だって、信じられないなんて寂しいだろう?」


 アンタが泣きそうでどうする。

「信じられない、じゃない。信じる必要が無い、だ」

 この違いは、多分理解出来ないだろう。

 別にそれで構わない。

「敢えて信じると言うならば」

 いつの間にか空になっていた皿をまとめ、水を一気に喉へと流し込む。

「敢えて信じると言うならば、それは知っている事だけを」

「つまり、結局僕はフラれたわけだ?」


 静かに聞いていたかと思えば、開口一番ソレか。

「何、オレってば口説かれてたわけ?」

 勧誘は諦めてくれたらしい。

 何時もの冗談を言えるなら、それ程期待もしていなかったか。

「おや、気付いて貰えなかったとは残念」

 笑いながら言われてもな。

「そりゃ申し訳ない。お詫びに、デート費用はオレが持とう」

 食事の代金なら勧誘されて信者になって、払う羽目になる寄付金なんかよりずっといい。

「アァ、そうだ」

 伝票片手にレジへ向かう途中、ふと思い出して振り返る。

 荷物を手にして帰る準備をしていた姿が、声に反応して動きを止めた。

「お前、さっきの胡散臭い笑顔より、冗談言ってるほうがカッコイイぞ」

 呆気に取られている所を放置して、今度こそレジへ。

  ―神とは―

 神とは己の中に在る、信念…