汚れ無き狂愛
 

 
 廃墟と化したビルの一画、苔さえも生え外の光が漏れ降る部屋で。

 彼と彼女が二人だけ。

 ごふっと咳き込むように、彼の口から溢れる液体。

 どろりと滴り喉を伝う。

「綺麗だよ、那智」

 青白い彼の肌に、赤い赤い色がとても良く栄えて。

 うっとりと見つめる彼女が手を伸ばす、その先にあるソレは槍。

 床から突き出す鋭利な、棒のようなソレ等に体の自由を奪われて、彼は。

「っが…は……っぁ…」

 彼女の槍を避ける事等出来ず、ただ与えられる苦痛に堪えるのみ。

 ズルリと体が落ちていく。

 無数の棒に身体中をさいなまれ、自身の重みでまた更に深く。

 彼女の顔からは恍惚とした笑顔が消える事は無く、そして彼の顔は怒りと困惑とが入り混じった苦悶。

「やっぱり赤が良く似合うな…愛してるよ、那智」

「…そ、ぉ……」

「なぁに?」


 彼の肌を突き破り貫通した棒切れに、まとわりついた液体とべちゃりとした、肉片。

 血まみれた彼の手に、やはり血まみれた棒切れを掴む事は困難すぎる。

 ずるりズルリと、沈む。

 彼女は笑い、彼は堪えそして睨む。

 その表情こそが、彼女の欲しているものだと、知っているから。

「ふふっ…もっと睨んで? 苦痛に堪え激痛にも意識を保ち続ける、那智はとても素敵」

 彼女の手に、槍がまた一本。

 プツリと彼の肌に潜り込んでいく。

 ゆっくりと、だが確実に内臓を供に引き連れ、腹から背中を目指して真っ直ぐに。

 部屋の中にはもう彼女の笑い声と、彼の微かな息遣いが響くだけ。

 けれども不意に、彼女の幸せな時間を打ち破る音。

 既にその役目を果たしていなかった腐った扉が、倒れ込み砕ける濡れた音が。

「……邪魔しないで」

 笑顔を隠した彼女が睨む、大破した扉の向こうに影がひとつ。

 片腕の無い男の影。

「送華、私の腕だけでは満足出来ませんか?」

 空気の流れない部屋で、彼が流した血の臭いに男が眉を潜め問う。

「両腕が良かった?」

 そろそろ彼に限界が近付いている。

 両の眼が虚ろになり初め男の存在にも気付かず、彼に背を向けてしまった彼女を掴もうと。

「入ってらっしゃい、深奈」

 入口で躊躇う男を呼び寄せ、再び彼に向き直りそして懸命に差し出された腕を見て、彼女の表情に笑顔が戻る。

「とても素敵、今にもくびり殺されそう」

 男の足跡を背後に聞きながら、その侭床近く迄沈み込んだ彼の首に縋りつき、迷う事無く口付けた。

 彼の口内に溢れる血を飲み下し、唇や頬、喉に胸元迄もを舌で辿り赤い雫を舐めとっていく。

「深奈、コレで取り出して」

 一心不乱に舐めていた彼女が、直ぐ背後に男の気配を感じ取り、悦を含んだ声で命令を。

 彼女の指す先にあるのは、大きなナイフ。

「竜に噛みつかれるのはゴメンです。御自分でどうぞ」

 彼の血に濡れた床に膝をつき、片方しか無い腕でナイフを拾い彼女に差し出す男はさながら、主を惑わす僕の如く。

 男は彼を何処か冷めた瞳で見つめていた。

 恭しく手渡されたナイフを閃かせ、彼女は歌でも唄い出しそうな程に機嫌良く。

「仕上げだよ那智。もっと悶えて、もっと歪んで見せて」

 彼の頭を抱きしめて、その耳元に囁きを。

 口付けて浅い呼吸を奪い、渾身の力でナイフを埋める彼の、胸。

「ぁァ…か、ッは……」

 痛みと苦しみと彼女の優しい睦言と、ぐるぐる回る彼のなけなしの思考。

 彼女の最上級を手にした彼は言う、唯一言を。

「残すなよ?」

 瞬間浮かべた彼女の表情を、彼は既に見る事はない。

 男は壁を背にして座り彼女は男の膝の上、手には解体した彼の肉片。

 しゃくりしゃくりと噛み下しながら、彼女は背後の男に囁く。

「深奈、愛してるよ」

「有難うございます。でも私は腕一本が精一杯ですので」

「深奈が居なくなったらベッドが無くなるもん、やらないよ


 外はすっかり闇となり、星の灯りに浮かぶ廃墟に楽し気な、彼女と男の声を静かに飲み込んでいた。