| 炎を纏う朱い鳥 告 |
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| 蹴られた顔面をさすりつつ、逃げた姿を追い部屋に入れば。 「機嫌直せって。バカな事言った事は謝るし、な?」 ずかずかと足音荒く寝台に寄って、そのままゴロリと横になってしまった細い身体。 ゆっくりとけれど大きな仕草でもってゆさゆさと揺すってやれば、小さな反応がその手をパシリと叩いて。 うつ伏せで枕に顔を埋めたまま、視線だけが恨みがましく突き刺さる。 「私が何に怒ったと? 本当に解っておいで?」 「逢わなかった事に、って事だろ? そんくらい頭悪い俺でも解らぁ」 謝るから機嫌を直せと根気強く粘って、なるべく刺激しないように気を配り寝台の淵へと腰掛けるのは、朝とは逆の状態。 声を掛けた時は確かに気紛れだった。 でもだからと言って、一度了承した事を無かった事にする等とは、我ながらふざけた事を言ったものだと。 思い至って苦笑が浮かぶ。 「悪かった。お前さんの交渉に応じたのは、俺だしな」 「別に謝る必要はありません」 だが聞こえてきたくぐもった声に。 「一緒に来てくれるとは、言われてませんしね」 あれ言わなかったっけ、とかおかしいなー、とか。 頭の中でぐるぐるとしている事を、言ったら更に怒るだろう。 取り敢えずここは、墓まで持って行くことに決定。 視線だけを向けた侭で一向に動こうとしない様子に、言葉が足りなかった事は棚に上げて溜息ひとつ。 朧気な記憶の中で触れた柔らかい髪を、そっと撫でれば心地良く指の間をすり抜けて。 返事が返ってこない事も承知で、機嫌が直るまで出来る限り優しく語り掛ける。 これからいつ迄かは解らないが、一緒に旅をしていく仲。 「な、アソウ? 俺はこの身体がちっとばかし気に食わないんだよ。雑血種は人であって人じゃない」 初っ端から不仲はマズイ。 「この町はそーでもないけどな、他の町や村……移動の途中でもいい」 だからちょっとだけ想像してみてくれないか、と前置きをして。 この先、生活の殆んどを共に過ごす事になるのだ。 それならば、蟠りは少ないに超した事は無いに決まっている。 「雑血種と一緒にいると解っただけで、オマエまで酷い目にあうかもしれないだろ?」 それが嫌だっただけで、悪気は無かったから許してくれと迄言って、言葉が尽きた。 元から言葉が上手く使える方ではないのだが、説明とか弁解とかは苦手中の苦手。 つまるところ、以後の説得は放棄決定。 ココまでので下される判決に、委ねてみようと思う。 それからどのくらい、言葉のない時間が続いていたのか。 静かな部屋の中動いていたのは髪を梳く手だけ。 けれど、その静かな空間を打ち破ったのは、ほんの僅かな小さい声。 「私は……」 「んー?」 枕のおかげで上手く聞こえないが、拾えない程でもない。 だから手を休めずに、穏やかに聞き返したのだが。 「私は昨夜アナタに、本当に喰らい尽くされるかと」 告げられた言葉に、ピタリと手の動きが止まる。 否、止まったと言うよりも言われた台詞のあまりな内容に。 思考も身体も全てが動く事を拒絶した、と言った方が正しいのかもしれない。 確かに喰ったと言えば喰ったが、喰らい尽くす…迄がっついてはいなかったと思う。 思いたい。 思わせてくれ。 普段あまり考える事の好きでない頭がどうして、今日に限って全力回転する羽目になったのだろうか。 その前に会話の前後が全く掴み取れないのだが、それは何故。 「……そんなに悩まなくても」 言いながらもそもそと起き上がり、乱れた髪を手串で直す。 「別に下手だとか、がっついてたとか、言ってるわけじゃないんですから」 窓から見える空を見上げ、明日も晴れると良いな、とでも言うかの如く簡単に。 「ただ、本当に喰われると思ったんですよ。文字の如く」 意味わかりますか、と。 窓から室内へと戻した視線に見られ、また考える。 けれど何故にこう、次から次へと悩ませるような事を言ってくれるのか、最早謎としか表しようが。 むしろ下手だとか。 いっそがっついてるとか? ザックリと切り捨ててくれた方が、悩まずに済んだものを。 思っても無駄だとは解っているが、しつこく頭を巡らせてしまうのは諦めよう。 しかしながら、聞かれた事に対して答えられるような容量は、ほぼ皆無。 もうそろそろ脳味噌が沸騰でもしてくれるのでは、と思い始めた頃に。 「独り言ですけど」 そう律儀に前置いて。 「……喰われると思った」 ぽつぽつと喋りだす。 「何か……こう不思議な感覚で、肉食動物に狩られた小動物になったみたいな感覚」 喋る顔に思わず見惚れていたら、何とも驚かされる言葉の羅列。 「本当に、骨も残さず胃袋に収まりそうな、感じ」 しかも聞いているうちに、中々普段では想像し得ない喩えまで出てきたりするものだから、もう丸投げ。 次から次へと微妙な喩えを並べ立てられ、言葉の侭に“開いた口が塞がらない”状態。 もう喋り続けるその顔を、ただ眺めているだけになってきている。 「餓えた獣だな、って思って」 くすりと笑って。 「目が強かったから、きっと雑血なんだな、とかふわふわする頭で考えてて」 雑血種だと思ったら安心したのだと最後に囁き、漸く赤い舌が見えなくなったなら。 今度は突っ込みどころが万歳だった事に、今更ながら気付く。 ぽかんと口を開けたマヌケ面を晒して、どのくらいの時間になるのか。 知っていたのか、とか骨も残さずって何だ、とか餓えた獣は酷い、とか言いたい事は多々あれど。 重要なのはそれ等ではなくて、最後の一言。 何故“安心”するのだと問いたい。 落ち着かないと感じた先程の沈黙より、短いだろう今回の沈黙。 それでも実際の時間はともかくとして、体感時間はそれなりに。 それを破ったのはやはり小さな、今度は溜息。 「まぁ、私だけ知ってるのもアレなので、言いますけど」 落ち着いた声でキッパリ言い放たれた、衝撃的事実……と言うか告白。 朝から疲れた本日最大にして、おそらくは明日以降からも訪れる事等無いであろう衝撃だった事を、認めよう。 もうこれ以上開きませんてな程にあんぐりと開けた口は、見事な放心ぶりだったに違いない。 だが直ぐに気を取り直し、ここぞとばかりに腹を抱え捩り果ては目に涙を浮かべて迄、辺り一帯に響き渡らせる爆笑を。 先に言ってくれたなら、気を揉む事も怒らせる事も無かったのにと、笑いの合間で何とか告げて。 けれど言う暇が無かったのだと拗ねたように反論されれば、確かにそうかもと思ってしまうのは。 女には勝てないと、諸事情により実感しているからで。 「いつ迄笑ってるんです。普通気付くでしょう?」 全く笑いを止めようとしない事に苛立ちでもしたか、掴んだ枕を投げられた。 「私だって気付いたのに、散々食ってくれたくせに、どうして気付かないんですか」 はいそうですね、全くもってその通り申し訳ない。 敢えて避けずに大人しく攻撃を喰らいつつも、コレで朝から一体何度謝った事か。 多分まだ数えられる内だろうが、そんな面倒な事はしようとも思わない。 これからが面白ければそれで良しとするか、などと呟いきながらどうにかこうにか笑いを納めて。 「んじゃま、雑血同士で仲良くしようや」 「よろしく……カイリ」 差し出した手を緩く握り返す指先に安堵し、呼ばれた名に苦笑する。 呼びたくないと言い張っていたのに、こうもあっさり呼んでくれるとは。 しかも、ふんわりとした笑顔までおまけでつけられてしまったら、握り締めた手を離す事が出来ない。 やはりこれは罠だったのかと勘繰ってみても、離せないなら離さなければいいだけの事で。 どのみち無かった事にするのは無理なのだから、いっそ最後まで見るのだってひとつの経験と、開き直ってしまえばいいだけだ。 独り旅は丁度退屈していたところ。 そうしてしまえばきっちり決まる今後の行動。 「さて、次を決めて早速発とうぜ」 寝台を離れ荷物を確認。 部屋に置いてきた物を、取りに行かなければ。 先ずは、それが最優先。 |
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