炎を纏うい鳥    
 

 
 着替えるからとの名目で、部屋から追い出されてしまい向かうのは食堂。

 単に夜の飲み屋が、昼間は酒抜きで食堂となっているだけなのだが。

 階段を下りきってしまえば目当ての場所に直結してるものだから、迷いもせずにカウンターへと近寄って盆を置く。

 ついでにそのまま椅子に座ってぼーっとしてみるものの、別に意味はない行動。

 それでも着替えるからと言われてしまっている手前、直ぐに戻るわけにもいかず簡単に言えば暇潰し。

「女将さん、何か目の覚める飲み物貰えますか?」

 丁度いい具合に目の前を通りかかった宿の女主人を捕まえて望めば、なら苦豆のお茶でいいわね、と軽く頷き厨房へと引っ込んだ。

 再び戻ってくるまでどうしたものかと考えて、とりあえず今後の行動を計画してみようと思考開始。

 備え付けられた椅子に座り正面を向いたなら、テーブルに片肘をつき顎を支えた。

 軽く猫背気味になるが、これがまた案外楽な体勢だったりして。

 だから目的無く座る場合は、無意識の内に大抵この体制。

 視線の先には微妙に見える、厨房の中。

 空いている手でテーブルの柔らかい木の感触を確かめるように撫でて、頭の中はあーでもないこーでもないと忙しく考えが切り替わっていく。

 成り行きで一緒に旅を、と言って昨夜は男ならとりあえず喜ぶだろう報酬を渡したつもり。

 声を掛けてきた時の人当たりの良さと、朝の様子を見る限りでは断る事は無いだろうとは思う。

 思うが、肝心の返答を聞いていないおかげで“失敗”の文字が繰り返し過ぎる。

「はい、お待ちどうさん」

 コトン……と軽い音を立てて目の前に置かれたカップ。

 考え事に熱中しすぎていたのか、女主人が厨房から出てきたことにも気付かなかったらしい。

 慌てて礼を述べカップへと手を伸ばしたなら。

 深く注意するでもなく触れた指先に、チリリと痺れにも似た感覚が一瞬走り咄嗟に差し出した手を引いてしまって。

 朝の喧騒にも負けない、女主人の笑い声。

「ちょいと熱めに入れてあるから、ゆっくり飲みな」

「えぇ、そうさせてもらいます」


 忠告が遅かったかねぇと堪えきれない笑いを浮かべながら、それでも一応注意をと言葉を紡ぎ、ソレに返した答えで満足そうに頷く。

「アンタ、女の子だったんだねぇ。昨夜はアイツじゃないけど、あたしも男かと思ったよ」

 そしてふと思い出したかのように、唐突な問いかけ。

 部屋で着替えているであろう男と同じ事を言う。

 別に騙していたわけでもないのだが、どうも罪悪感に苛まれていけない。

 それを誤魔化すように小さな笑みを浮かべ、僅かに肩も竦めて見せて。

「女独りよりは、男独りの方が旅には向いているでしょう?」

 喩えソレが頼りなく見える優男でも。

 昨夜言われたソレは本人が目の前に居たならば、痛烈な皮肉となっていたかもしれない。

 考える事は同じだったのか、ほんの一瞬視線を交わして女主人がまた笑う。

「ならいいのに目をつけたね! アイツは何があってもアンタを守るだろうさ。根が優しいから、縋ってくる女の子を邪険になんて出来やしない」

 こき使っておやり。

 そう言った顔は楽しそうで悪戯好きの子供のようで、だからつられて笑顔で素直に頷いた。

「ところで」

 話に一段落着いた頃を見計らい、出発する前の準備とでも云おうか、今迄旅をしてきた中で身に付いてしまった癖とでも云おうか。

 基準は人それぞれではあるものの、行動するにはそれなりの情報が無ければ動きようが無いというモノ。

 昨夜は邪魔されて結局話を聞けず終いだったから、ならば今、と少しだけ声を顰めて問う。

「この町に雑血種はいます?」

「いるよ」


 あっさりと返された言葉に少しばかり拍子抜け。

 すっかり冷めてしまったカップの中身を口へと運み、溜息ひとつ。

 場所によっては純血の人間に対し手酷い仕打ちをしていると聞くが、この町では女主人の様子を見る限り問題なく共存しているようだ。

「でも別に悪さするわけでもないし、みんな気の良い奴等ばかりさ」

 寧ろウチの旦那が熊の雑血だからね。

 ウキウキと話しながらもう一杯如何だと聞かれ、今度は少し温度の低いのが良い。

 そう冗談めかして言ったら豪快に笑って厨房の奥へと消えていく。

 話し相手が居なくなってしまえば、再び訪れる暇な時間。

 そんな時間を有効活用するには考え事に限る。

 雑血種は名の通り、多種族同士の混血。

 その所為か、混ざっている血によっては時に残忍で凶悪な獣と成り得てしまう。

 酷い時等は街一つ二つを廃墟にしてしまったとか何とか、そんな物騒な話も聞くくらいに。

 勿論全てがそんな性格をしているわけでもなく、一部の穏やかな者は大人しく純血種と仲良くしていた。

 その穏やかな者は大概にして、獣ではなく“植物混ざり”が多いのだけれど。

 この町では獣混ざりも植物混ざりも関係なく、穏やかに日常を刻んでいる。

 だが恐らくは。

「だから余計に、町の外はあんななのかな……」

 一歩町を出れば双方無事では済まされまい。

 部屋にいる男も旅人ではあるのだろうが、女主人の言葉から察するにこの町の常連。

 昨夜部屋に戻ってから後の事で、気になる事も多少ある。

 一緒に旅をすると前提で考えていくと、どうしても一度じっくり話し合いをした方がいいかもしれない。

 準備にも手間が掛かるし……

 ブツブツと小さく声に出して考え事をしている姿は、傍から見れば笑える図だと云う事は自覚している。

 自覚しているからこそ、周囲に対しての配慮はサックリと切り捨てているものだから、きっと気になるのだろう。

「おい」

 唐突に、肩を軽く叩かれて背筋が伸びた。

「……そんなに驚くなよ」

 ゆっくりと振り向けば、過剰すぎる反応に笑いを通り越して呆れたと言わんばかりの顔。

 考え事をしている最中に前触れも無く突然肩を叩かれたら誰だって驚くと思う、と反論し隣の椅子を勧めて。

 のそりとした動作でもって座るの視線で追って、また顎を手の上に。

「着替えるだけの割には、随分時間がかかったようですが?」

 驚かされた仕返しも含め、多少意地悪く聞いてやる。

「誰かさんが戻ってくるの待ってたんだよ。女将、俺にも苦豆の茶ぁくれや」

「にも、って……まるで私が飲んでいたのが苦豆のお茶だと解ってらっしゃるようで」


 どんな嗅覚だと軽く睨んで、不機嫌さを気取り厨房の入り口へと目をやったら、ちょうど女主人が盆に二つのカップを乗せて出てきた。

「俺の鼻は良く利くんだよ。便利だぜ?」

 クツクツと笑ってカップを受取り口にするも、ぬるい、の一言でつき返す。

 入れ直して来い、の意のようだが女主人は取り合わない。

 折角持ってきたのだから飲めとその目が語り、口はお返しとばかりに暴露。

「一緒にいれば嫌でも見ちまうだろうからね」

 その紅い唇が不適に歪む。

「教えておいてあげようか。その内片脚上げて用足すよ、コイツ」

「いや、俺はだから犬じゃないって」


 付き返し更に押し返されたカップを掴んだ侭。

 盛大にテーブルの上へと突っ伏したその下から、聞こえてくる脱力仕切った情けない声。

 何のことだと視線で問えば、コイツが雑血さと女主人が。

 くたりと伏せる男を笑い飛ばし、昼の準備をするからと厨房への奥へ。

 見送って、残った今度は熱すぎないカップをそっと片手で包み込む。

「皆さん、雑血種だってご存知なんですね」

「ん? あぁ、前にこの町来た時にな。気になるなら俺とオマエは逢わなかったって事にしても構わないが」


 体制を立て直し、カップを口に運びながら何気なく洩らされた言葉。

 その言葉に何故かしてしまった過剰反応は、物凄く不自然だっただろう。

 誰が見ても、そう思うくらいに。

 中身が零れそうな程にカップをテーブルに叩きつけ、その勢いの侭。

 視線よりも少し上にある襟元を、力に任せて掴み上げたのだから。

 間の悪い事に、朝食を摂る為に部屋から降りて来たであろう人々が、かなりの人数居たりする。

 そのうち何人かの視線を全身に浴びながら。

 漏れる声は自分でも驚く程に低く。

「残念ながら、私は既にアナタを手放す気はありません。アナタが雑血種と云うなら尚更好都合ですね」

 地を這うような声とは正にこの事。

「簡単には死なないのでしょう? トリを探す旅だ。そう簡単に死なれて堪るか」

 仮にも死神と恐れられている対象を、探すための旅路。

 その片棒を担いでもらおうと誘ったのだから、簡単に死なれては困る。

 誘った意味がない。

 今までの口調とは裏腹の、半脅しのその言葉使いと声にどうやら効果があったらしく襟元を掴んだ手に。

 昨夜のようにそっと手を重ねては、しきりに悪かったと繰り返す男の姿。

 それが少しばかり滑稽に見えて。

 だから、とかそんな単純な理由ではないけれど。

 大人しく手を離した手を、またカップに伸ばし中身を飲み干す。

 何に対して謝っているのか、この男はきっと自身ですら理解してはいないだろう。

 溜息と共に冷たい視線を送りつけて。

 けれどすぐさま逸らし、冷静になれと心の内で何度も言い聞かせては、唇を噛む。

 沸々とする腹を掌で押さえ、ご馳走様でしたと呟くやいなや、足は意思と関係無く階段へ。

「あ、おい待てって」

 焦ったような声にも振り向く事無く、その更に向こうでは喧嘩するんじゃないよ、なんて女主人の怒鳴り声。

 腹の底から湧きあがる、この微妙な怒りをどうしてくれよう……

 いや怒りと云うよりも寧ろ、悔しさの割合が幾分か上。

 意図して堪えなければ、壁に向かって拳を振り上げそうになる。

 階段を上がりきった所で徐に振り向き、手ではなく脚を振り上げて。

「ぅグッ……」

 追い付いてきた男の顔面に、靴痕を残してやった。