| 炎を纏う朱い鳥 始 |
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| 目が覚めたのは、窓から差し込む光が眩しかったから。 うっすらと開いた目に、白が飛び込み眼球がツキリと痛んで更なる覚醒を促していく。 それでもハッキリと意識を取り戻すまで時間がかかって、その間にぼんやりと考えるのは昨夜の事。 どうにも、記憶が曖昧でいけない。 「ぁー、うん……呑んでたんだよな確か」 それは覚えている。 寝起きの掠れた声で呟いて、少しずつだがしっかりと見え始めた室内を、首だけ回してぐるりと観察。 昨夜呑んでいた店の上にある宿だと辛うじて認識出来たのは、この宿に部屋を取っているからで。 だが違う部屋だと思ったのは、確かに置いた筈の荷物が何処にも見当たらないからとか。 昨夜は確かに呑んでいた。 呑んではいたのだがいったい何時この部屋に入ったのか、記憶は幾ら考えたところで綺麗サッパリありもしない。 では何故、と云うかココは誰の部屋だ。 原因を探るにつれて、頭の方も良い感じに覚醒してきた。 身体もそろそろ動かせるだろうと、仰向けに転がったままだった身体を後ろ手に支えて上体を起こしたら、タイミング良く開かれた扉。 「起きました?」 おはようございます。 そう、にっこりと笑みを浮かべながら部屋へと入り扉を閉める姿は、昨夜下の飲み屋で声をかけた人物。 そこで漸く、ああそう言えばと思い出した。 一緒に旅をしないかと持ちかけられて、その後何だかんだと丸め込まれて連れ込まれて。 結論付けてしまったら、物凄く情け無いような気がしてくる。 否、実際情け無いのだろう。 「朝食を貰って来ました。一緒に如何ですか?」 思わず額を押さえて唸っていたら、何時の間にか寝台の直ぐ脇から声が降ってきた。 反射条件で見やれば手にした盆と、その上に乗せられた軽い食事。 答えを聞かずに、さっさと寝台の空いている場所へと腰掛けた重みで、ボロい寝台がギシリと軋む。 盆を膝の上にそっと降ろし、楽しそうに笑う顔を見て思わず眉が寄ってしまった。 仕方が無いではないか。 昨夜飲み屋で見かけた時は本当に、冗談抜きで優男だと思ったのだから。 独りでチビチビと呑んでいたものだから、見かねて声をかけた。 そしたら何時の間にかペースに巻き込まれて…… ソコまで考えて、思い当った。 この部屋に寝ていた理由。 至極簡単で、間抜けで衝動的に呪いたくなる理由。 「……言えよ、女だって最初に」 そうだ。 女だと分かっていたら最初から声なんざかけなかったし、一緒に旅をと言われれば二つ返事で了承しただろう。 だから、何もあんな身体を張った交渉などする必要は、全くなかった。 男にはそれなりの報酬を要求するが、女子供が相手なら話は別だ。 等と唸って見せたところで、この状況が変わるわけでもないのは承知している。 が、唸らざるを得ないのが男の心理か。 あの時少しだけ触らせられた胸元が柔らかくて、思わず話しに乗ってしまったのは仕方がないだろう。 差し出された食事に手も付けず、ひたすら悩み続ける姿に呆れでもしたのか。 軽い溜息が聞こえて顔をあげたなら、直ぐ目の前に苦笑を浮かべた、それでも綺麗な表情があって思考が中断。 咄嗟に何だと問えば、何でもないと返され拍子抜け。 「ただ、食べないと元気がでませんよ?」 小さい子供に言い聞かせるように優しい笑みを浮かべ、皿を押し付けてくるものだから反射条件だろう、コレは。 受取ってしまった皿をじっと眺め、そして諦め。 「塩」 ぶっきらぼうに求めたソレを、はい、とこれまた文句ナシの笑顔で差し出されて居心地が悪いのなんの。 口に出したら怒られるか呆れられるか…… きっと後者だろうなと勝手に決め付けて、塩の詰まった入れ物を受取った。 何度か皿の上で軽く振り差し出せば、黙って奪われ元の場所。 何だかな。 朝の気ダルい雰囲気なんてものじゃない。 確かにまったりとした空気かもしれないが、如何せん名前も知らない女と二人。 向こうが気にしていなくても、こちらが気まずい。 一口二口詰め込んで、ボソリと呟く。 「名前……聞いてない気がするんだが」 もごもごと口を動かしながら声にしたソレに、間髪いれずに女の指先が額を弾いた。 結構痛い。 思わず口の中のモノをまだ固まりが大きいまま飲み込んでしまい、咳き込む。 ゲホゲホごほごほと涙目にまでなって咳き込む姿は、見ていてそんなに楽しいのだろうか。 思うように上手く呼吸が出来ず苦しくて、逆恨みと分かっていてもクスクスと笑う姿を睨みつけて。 「睨まないでくださいよ。悪いのは貴方、だってそうでしょう? 昨夜あんなに私の名前を呼んでくれたのに」 言い終わるか終わらないかのうちに、スッと細くなる目が語る。 昨夜の内に教えたぞ、と。 しかも昨夜とか何とか、怖い台詞をサラリと吐いてくれる。 否定はしないでおくが。 おかげで咳も止まって落ち着き、呼吸を深く整えてからゆっくりと、再び思考の海へと飛び込みその存在を探る。 「あぁ……」 暫し考え込んで、思い当って手をポムり。 その拍子に皿を取り落とし膝の上が惨事となってしまったけれど、まあこれは後で片付けるとして。 「悪かったな、アソウ」 未だ整えていないボサボサの髪に片手を突っ込み、ガシガシと無造作に掻き毟りながらの謝罪。 思い出したから怒ってくれるなと小さく告げれば、満足気に頷いて。 「よかった。貴方のその声で呼ばれるのが私、どうやら好きみたいです」 サラリと流された告白紛いのその言葉と笑顔に、つられて笑う。 照れ隠しの様に小さく頷いたら、それじゃ早く片付けてくださいねと膝の上。 ひっくり返った皿を繊細な指先で示しされ、溜息へと変わった。 もそりと動き皿を拾い中身を拾う。 少しばかりシーツが汚れたが、洗えば簡単に落ちるだろうと思われる程度。 だからその辺は気にせずに。 寧ろ気になるのは別の。 「んで、アソウは何で俺の名前を呼ばないわけよ?」 不公平だと訴えたら、それは反則だろうと思わせるようなそんな表情で見つめられ、挙句すぐさま視線を逸らされた。 何故と問う間もなく、反論が来て。 予想外の言葉に、この日一番初めの大声でもって爆笑し、額に喰らった指先は本日二度目。 だって仕方が無いだろうと目で語っても納得はしてもらえず、逆に何故笑うのだと問い詰められる。 だから笑いを必至に堪え、教えてやろうと口を開いて。 「今更恥ずかしいなんて、反則だろうが」 少しだけ怒りを浮かべた表情が、瞬時に紅く染まってそれを隠す為か完全に背を向けられて。 どうにもこうにもそんな行動が可愛いと思えるから、やはり笑いは沸いて出る。 いい加減に笑うのを止めろと、叱られた事でもあるし。 ひとしきり笑って気が済んだ事も手伝ってか、寝起きにしては普段よりも意識がはっきりと。 この侭二度寝を貪るには、少しばかり意識が鮮明すぎて。 故に、皿を盆に乗せ寝台から弾みをつけて立ち上がり女、アソウにも立つよう言って腕を引く。 一体何だと目が問うて来るも、着替えるからの一言で遮りそれとついでにもうひとつ。 盆を置きに行って来いと口実をくっ付け、部屋から一旦追い出した。 今更でしょう、とか私の部屋なのに、とか色々文句を言いながら。 不満たらたらで盆を手にして階下へ向かう姿を見送り、上手く罠に嵌った獲物の様な気分に浸る。 まあ、これから暫く退屈する事はないだろう。 予想ではなく、確信。 押し殺しても止められない笑みを浮かべ、賑やかな一日と二人旅の、それが始まり。 |
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